「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」

平成17年(2005年)1月20日(木曜日)
通巻第1020号     

 CIA報告「2020年の大国は中国とインド」の蔭で
  ミャンマーがインドに急接近を開始している本当の理由

 CIA報告はどこまで本気なのか、警告レベルの問題なのかは断定しかねる。

 けれども1月13日に発表されたCIA報告では「2020年に世界の強国は米、中国、そしてインド」となり、「翻って米国はテロとアジア経済に脅かされて次第に世界最強の位置を失いかねない。イスラム世界は団結して西側の価値観に挑んでくるうえ、日本は十五年以内に危機に瀕し、大国のレベルから遠くなる。一方、嘗てインドと中国が世界史的強国であったように両国は再び巨大な政治力、軍事力を保持するであろう」という大胆な予測が展開されている。

 そのインド。
 スマトラ沖地震と大津波に貧困国家が未曾有の被害に喘ぐなかで「災害援助は要らない。インドは外国の支援をたよらなくても自立出来る」と発表し、世界を驚かせた。
 (あの貧困のインドが!)

 インドの静かなる外交的挑戦は「東アジア共同体」構築への露骨な中国主導権の確立に対して静かに着実に対峙するかたちで進行している。
 焦点は「わすれられた国・ミャンマー」をめぐって、である。

 93年にインドはアウン・サン・スー・チーへの支援をやめてミャンマーの軍事政権に積極的にアプローチを開始し、周辺アジア諸国が「中国の戦略的軌道に傾斜してゆく状況への歯止め」(モハン・マリク・ホノルル大学教授)をかけ始める。

 第一に麻薬、テロの脅威への対抗というほかにインドにとっての関心事は軍事的方面から来ている。
 アンダマン海における中国の軍事的突出、ミャンマー経済の華僑支配、人民元経済圏入り、軍事援助の数々はインドにとって地域安全保障上の脅威に映る。
中国はいまの軍事政権であれ、スーチー政権が実現するときであれ、パキスタンのような疑似の民主主義体制は中国寄りの姿勢をとらざるを得まいと判定している節がある。


 ▲ミャンマー沖合に眠るガスも魅力

 第二はミャンマーが埋蔵する天然ガスの魅力である。
 この見地からマハティールにかわってインドの「ルック・イースト」政策は、アセアンへの急接近となって現れた。

 2004年10月、ミャンマータン・シュエ将軍(国家平和発展評議会議長、以下SPDCと略する)をニューデリーは赤絨毯で出迎えた。
 親中国派キン・ニュ首相の失脚から一週間も立たない時期である。
 タン・シュエSPDC議長はシン(インド)首相と会談し、ミャンマー国内での水力発電所建設への財政的技術的協力、文化交流の拡大、テロ抑止などを盛り込んだ協定文書に調印した。
 とくにインドの国営石油会社によるミャンマー沖合でのガス開発について協議している事実は注目に値するだろう。

 第三にインドにとっての戦略的仮想敵は中国であることに寸毫の変化はない。
 中国、韓国、台湾、日本への貿易を保護する生命線=シーレーンペルシア湾、インド洋、アンダマン海マラッカ海峡南シナ海へと至る。
 この海上交通路(SLOC)防衛は、インド海軍と日米韓などの共通の利益であり、一旦緩急ある時に中国を封じ込める能力をインドは保有する。
 中国は大胆不敵にもミャンマー沖の二つの島に海軍基地を建設しつつあり、スパイ船および原潜の寄港基地化を狙う。
 インドは対抗上、アンダマン海島嶼(インド領土)に海軍拠点を構築する。目の前はミャンマー、したがってインドにとってミャンマーは戦略的要衝であり、中国の影響力をすこしでも削ぎ落とし、中和させることが外交目標となるのは当然である。

 第四にアセアン諸国とインドの繋がりが強化されようとしており、シン首相は「アセアンとFTAを締結し、2007年には双方向の貿易額を300億ドルにする」と発言している。
 またオーストラリア、ニュージーランドはアセアン諸国との防衛を含む貿易システムの構築に前向きであり、フィリピンは「アセアン+3(日本、韓国、中国)にインドを加えるべきだ」としている。
 11月にはクアラランプールで「アジア・サミット」が行われるが、オーストラリア、ニュージーランドおよびインドの招聘が真剣に検討されている。
 なぜならアセアン諸国もまた中国の地域覇権を懼れており、独自の平衡感覚から日本に期待するものの日本は軍事力がないに等しく政治力はゼロに近い。日本への期待は常に裏切られるため、中国への過度の傾斜を抑制するには大国の参加が必要なのである。
 なかにはアセアン+3(日本韓国中国)にインドを入れて「JACIK」構想も前向きに検討されている。


 ▲ミャンマーの民族感情をおしはからない中国の傲慢

 第伍はミャンマーに拡がる民族感情は経済支配者としての中国への反感、人民元支配へのつよい反発である。
 事実上、マンダレー周辺から北ミャンマー経済は中国が支配し、その存在感は徐々に傲慢になってきた。
 ミャンマーがなぜ親中派の首相を更迭し、その直後に北京ではなくニューデリーへ赴いたか。謎を解く鍵はインドだったのだ。

 こんなときに「人権を抑圧するミャンマー専制の前線基地」などとライス次期国務長官が議会証言で言い放ち、経済制裁だの「スーチーを救え」などとがなりたてている米国のありようは、ますますミャンマーを失望させるだろう。
 インドの慎重な配慮とは対照的に米国の情勢判断の甘さを示してあまりある。